インターネットには再び「目次」が必要だと思う

以前元Google Japan代表取締役社長の村上憲郎氏から聞いた言葉に「Yahoo!はインターネットの目次、Googleはインターネットの索引」というものがあるが、今のインターネットはYahoo!が担っていた「目次」が風化しつつある気がする。

以前のインターネットはYahoo!のディレクトリからサイトへ辿り着く方法が今より圧倒的に一般的だった。カテゴリツリーをたどり、ゲーム、攻略、ポケモンといった具合に、具体的なサイトへ辿っていく。当時のインターネットのボリュームを考えると、それで十分だったのかもしれない。

しかし、今はキーワード検索が当たり前になった。肥大化したインターネットの限りなく増え続けるページの中から目的のページを見つけ出すには、より多くのサイトからリンクされているページを評価するというGoogleの考案した正義のアルゴリズムに頼るしか無くなった。SNSが爆発的に普及した今、TwitterやFacebookのシェア数——いわゆる「ソーシャルの評価」が検索順位に大きく影響するようになったと言うが、かつてWebサイトの管理者がHTMLを手打ちして貼られていたリンク、ブロガーが投稿画面から貼り付けたリンクがTwitterやFacebookを介して貼り付けられているだけであり、ツールがテキストエディタとFTPからWeb上のブログエディタに、SNSの投稿画面にと変化しただけで、評価される行為そのものは本質的に何も変わっていない。取り上げられる事が正義である。

ディレクトリ型検索エンジン全盛期は一つのジャンルにつき一つのサイトとしてインデックスすれば何ら問題は無かった。分野を横断するサイトは少なかったはずだ。しかし今はどうだろう。役に立つWordPressプラグインのまとめを投稿していると思えば、次の日はWordPress目当ての読者には全く興味の範疇から外れた他の話題が出る可能性の方が高いのではないか。他のブロガーと会ってきた話だの、おもしろ動画だの、高知に移住するだの、ノイズの方が多くてSN比もクソも無い。

Webサイト中心だったインターネットの情報発信はブログ中心になることで多様化し、サイト単位でカテゴライズする事が難しくなった。SNSに関して言えばブログ以上に多様化しているので、NAVERまとめやTogetterなどのサービスがゴミのような使いにくいUIでも流行ってしまうのも納得できる。まとまりのなくなった情報を、再びまとめる必要性が出てきたからだ。

まとまりのない情報をまとめる方法として必要だと思うのが、かつてYahoo!が作っていたサイト単位での「目次」を、エントリ単位で作る事だ。インターネット上に散らばった知見をまとめなければならない。はてなブックマークも、Twitterも、Facebookも、グノシーも、SmartNewsも、今話題になっている事を知る手段にしかならない。新しい事が取り上げられ、検索エンジンの後ろのページに過去の知見は埋もれていく。過去の知見が埋もれずに参照できるインターネットの楽園はWikipediaぐらいだろう。

Yahoo!のディレクトリ並みに階層が広く、ブラウザのローカルのブックマーク並みに参照しやすいインターネットの目次が欲しい。余談、自分はここ何年もブックマークというものを使っておらず、ブラウザのURL入力補完でURLを直打ちしてアクセスしている。ブラウザの進化で、頻繁にアクセスするWebサイトはブックマークする必要が無くなった。故に、20年前から変わらない姿のブックマークという機能は、新しい役割を担っても良い時期なのではないかと思う。

Firefoxのはてなブックマークサイドバーとか良い線行ってると思うんだけど……。